• 日本語
  • English
  • 简体中文
  • 繁体中文
  • 한국어
  1. HOME
  2. コラム
  3. kashiya 藤田怜美さん
コラム
2018年2月19日

kashiya 藤田怜美さん

kashiya 藤田怜美さん

kashiya 藤田怜美さんに聞く

2014年、岡崎にkashiyaをオープンさせた藤田怜美さん。その人生は、早い段階に意外なきっかけで決していた。 小学生のころ、ケーキ屋におつかいを頼まれた。どれを買えばよいかわからずに、他のお客さんがショーケース内のケーキを選ぶ様子を観察していたのだが、そのときに見たお客さんのキラキラとした目に、幼い藤田さんは釘付けになった。

「こんなに人を喜ばせられる仕事があるんだ!よし、ケーキ屋になろう」と。 高校卒業後、「洋菓子といえばフランス」と意を決し、辻製菓専門学校のフランス校に入学する。「実習」でアルプス地方の小さな店に研修に行き、フランスをすっかり気に入ってしまったが、 「ずっとここに居たい」という思いはビザの関係で叶わず、帰国を余儀なくされる。その頃、コース料理の最後に提供されるアシェットデセール(皿盛りのデザート)への興味が高じ、帰国後は東京のレストランに就職した。学ぶことも多かったが、日本の食材でフランスのデザートを作ることへの違和感、 閉塞感があり、やはりフランスの地で、フランスの材料を使って作る技術を身に付けたいと、フランスに舞い戻る。パリでの5年間でシェフパティシエにまで上り詰めたが、それでもなぜか物足りなさを感じるようになっていた。

そのとき、偶然に“和菓子”と出会う。フランスに日本の文化を広めようとするワークショップに、フランスの主婦や学生などの一般人に混じってなんとなく参加した。初めて和菓子作りを体験し、衝撃が走る。

「手で直接食材に触り、調理し、整形する。フランス菓子にはまったくない手法に驚きました」。迷うことなく日本に帰国、これが大きなターニングポイントになった。帰国した藤田さんが選んだ地は、和菓子の文化が根付く「京都」。知り合いの伝手を頼って和菓子の老舗・亀屋良長に就職した。フランスではシェフパティシエを務めたが、和菓子に関しては何の知識も経験もない。ただ、生半可な気持ちで臨んではいけないという気概があった。菓子の名が和歌から名付けられることから、古典を読み、茶菓子として振舞われることからお茶を習った。すると、京都の文化の奥深さに打たれた。

フランスで学んだ技術と、京都の文化の伝統を融合した“革新”的な商品 を次々と誕生させ、会社から、お客さんから、高い評価を受けるようになる。そして2014年、ついに独立。 kashiyaという屋号には、洋菓子と和菓子を分ける概念を取り払おうという想いがある。かつて日本には菓子という表現しかなかったのに、ヨーロッパの菓子が入ってきたことで洋菓子、和菓子という言葉が生まれた。

「その言葉の概念を取り去りったお菓子作り、それがいまの私のめざすところです。京都には、本当に素晴らしい方がたくさんおられ、話すとちょっとしたことに刺激を受けたり勉強できたりするんです」と。懐の深い京都が、激動の人生を歩んできた藤田さんの安住の地となりそうだ。

あなたは旧式のブラウザをご利用中です
このウェブサイトを快適に閲覧するにはブラウザをアップグレードしてください。