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コラム
2019年5月29日

書家 杭迫 柏樹さん

書家 杭迫 柏樹さん

くいせこ・はくじゅ

1934年静岡県森町生まれ。57年京都学芸大学(現京都教育大学)美術科(書道専攻)卒業。62年村上三島氏に師事し、同年日展初入選。以後、「打てば快音を発し、切れば水のしたたる」書を追求し、日展内閣総理大臣賞、日本芸術院賞など受賞。国内外で展覧会を開催。主な著書に「王羲之書法字典」「書学体系-王羲之 蘭亭序」「杭迫柏樹の世界」。弓道も六段錬士の腕前。

無窮の書の道を歩み続ける

夢は微生物の研究者だった

ぼくは9人兄弟で、子どもの頃は12人の家族みんなが、まるで競争するように書をやる一家でした。もともと書を楽しむ家系で、江戸時代末期の八代目(1788年生)は特に文人として知られた人なんですが、ぼくはその生まれ変わりではないかと(笑)。高校3年の時には静岡県の「席書コンクール」で最高賞の県知事賞をいただいたこともあり、ずいぶん自信を持ちました。

ただ、自信はあったけれども、書の道を進もうとは考えていませんでした。微生物の研究者になり、当時出た結核治療用の抗生物質「ストレプトマイシン」のような治療薬を作りたかった。高校3年の時には、様々な土壌の抗菌性物質について培養研究をし、学校代表として県の科学研究発表会に出て最優秀研究として表彰されました。それで、名古屋大学の理学部に行くつもりだったんです。ところが、ぼくは色覚異常で当時は受験資格をもらえなかった。それなら、好きなことをしようと。

京都に来てみたが…

それで、京都学芸大学(現京都教育大学)の美術科に入り、書道を専攻しました。なぜ京都だったかというと、もう一つの特技である弓道(錬士六段)もやりたかったから。京都は伝統の街だから書も弓もどっちもすごいだろうと。ところが、来てみるとどちらもまるで期待外れ。下手同士が褒め合っているといった有様だったんですよ。特に弓道は、徳川家康の元で農民まで鍛えた静岡の方がよっぽどレベルが高い。書もそう。最初は、しまった、来るところを間違えたと思いました。

それでも学生時代は、森田子龍先生(※1)の前衛の世界に学びました。その雑誌「墨美」でぼくは育った。下宿も近くで、森田先生のご自宅にもよく遊びに行きました。書道って、本当は職人的な技術をきっちりマスターしてからやらないといけない。でも、前衛の世界に行って、頭でっかちになってしまった。既成 の団体には入らず一人でやろうと思い、ずいぶん生意気なことを言っていたのでしょうね。学芸大の10年先輩で書家の古谷蒼韻(※2)先生から、「お前はチンピラだ」と一喝されたのです。「まったく書く量が足りない」と。この出会いで、目からうろこが落ちました。

生涯の師との出会い

古谷先生に言われ、日展を目指している人を訪ねたのですが、それは驚きでした。畳一枚分ほどの作品を千枚、二千枚と書いている。ぼくは百枚ぐらいがやっと。その後、古谷先生は、村上三島(※3)先生のところに連れて行ってくださいました。下御霊神社で教室を開いておられ、ぼくの生涯の師となる先生です。今から考えたら下手くそな作品を持って行ったんですよ。ところ が、村上先生は「もうできている。これでいけ」 と。ええっ、まさかと思いました。先生は決して自分の真似をしろとはおっ しゃらない。「私は灯台だ。方向が間違った時は言うが、あとは好きにやりなさい」と。ぼくにはこれがよかったんですね。師事して3カ月で日展に初入選しました。

京都で追究する無窮の道

最初はちょっとなめていた京都でしたが、書家として暮らしてみると、こんな先生がたとの出会いもあって、これはすごい場所なんだとわかってきました。作家や職人たちが、安易に群れることなく、「狭く深く」を追求する創作をし、生き方をしている。これがとてもすごい。一般人の審美眼も大したもので、古道具屋もたくさんありますが、やはり京都の人は都としての千年の歴史で磨かれた目を持っている。今は本当に京都に来てよかったと思いますね。ほかの土地に行っていたら、書は下手になっていたかもしれない。

ぼくは「書はいのちのかたち」と考え、常に勉強を重ねてきました。例えば王陽明(※4)の「知行合一」の教えなど、1年のテーマをはっきりと決め、朝の4時ごろから7時ごろまで毎日書いています。こうか、ああかと1枚の紙に200回、300回と重ねて書くので紙は真っ黒になってしまう。そうやって、数年前からは、「いつまで見ていても嫌にならない書」を目指しています。一見平凡に見えるが、どこか微調整が効いて、見れば見るほどよい書――これを、京都に生きながら求めていきたい。書の道は無窮(むきゅう)です。

一葉(2005年 第37回日展 内閣総理大臣賞)

【※1】森田子龍=[1912-98] 兵庫県豊岡市出身。前衛書を目指し「墨人会」を結成、書の総合誌墨美を創刊。書と西洋美術の交流に貢献。
【※2】古谷蒼韻=[1924-2018] 京都府出身、京都師範学校卒業。1961年日展特選、85年日本芸術院賞受賞など。日本書芸院最高顧問、日本芸術院会員、文化功労者。
【※3】村上三島=[1912-2005]愛媛県出身。68年日本芸術院賞受賞、同会員。98年文化勲章受章など。日中間の書道の交流にも尽力。
【※4】王陽明=中国明代の思想家(儒学者)。実践儒学の陽明学を打ち立て、幕末日本の思想家吉田松陰らにも影響を与えた。


出典:『京都文化力プロジェクト2016-2020 機関誌 vol.3』「創造する文化 京都から世界へ」

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