• 日本語
  • English
  • 简体中文
  • 繁体中文
  • 한국어
  1. HOME
  2. コラム
  3. 茶道裏千家 第十六代家元 千 宗室さん
コラム
2020年4月10日

茶道裏千家 第十六代家元 千 宗室さん

せん・そうしつ

1956年、京都府生まれ。臨済宗大徳寺管長・僧堂師家中村祖順老師のもとで参禅得度し、斎号「坐忘斎」を受ける。2002年12月、鵬雲斎家元の跡を継いで裏千家第十六代家元となり、今日庵庵主として宗室を襲名。一般財団法人今日庵理事長、一般社団法人茶道裏千家淡交会会長。

心を込めてお客様をもてなし
それに対する感謝の念が生まれた時
お茶の味は、ひとしおのものになります。

亭主とお客様の以心伝心が茶の湯の楽しみの一つ

茶の湯では、部屋のしつらえ、道具の数々、亭主の所作の一つひとつ、それらすべてにお客様に対するもてなしの心が込められています。私たちは数えきれないほど点前作法の稽古をいたします。それは、自分がお茶をたてていることを忘れるくらい身体に所作を覚え込ませるため。手順を考えていると、お客様に対する気持ちがおろそかになってしまいます。お客様のことを心からもてなす手間を惜しまない姿勢が大切です。そこから主客共に感謝の念が生まれ、お茶の味わいはひとしおのものになります。そうした亭主とお客様の間の以心伝心が叶うことが、茶の湯の楽しみの一つです。
茶の湯は、無理に押しつけるものではありません。私がお客様を招いた時に心がけているのは、茶道について講釈するのではなく、「思い出」というお土産を持って帰っていただくことです。例えば海外からお客様を迎えた際、入れてある花の英名を説明したりする。エネルギーとしての炭を用いた扱いをお見せする。相手の国の文化との共通点を見つけて会話を楽しむことで思い出を持ち帰っていただく。それが茶の湯を通じて日本文化に関心を持っていただく最初の一歩になるのではないかと思います。

茶の湯を支える技・文化とワンチームで次代に続いていく

歴史を振り返ると、千利休、少庵、そして宗旦の三代が侘び茶としての茶道を日本に根づかせたといわれています。しかし最初は、武士の間で嗜まれ、一般には縁遠いものでした。江戸時代になって世情が安定し、武士以外にも生活や心に余裕の出てきた人々の中から茶の湯に対する関心が芽生えた時、その受け皿となったのが、私たち千家の茶人でした。それから400年を超える長い年月にわたって茶の湯の文化が絶えることなく続いてきた背景には、多くの人々の力添えがありました。
一人ではお茶をたてることはできません。器や茶筅などお茶にまつわる道具はもとより、茶室に入れる花や器、軸などを作る職人の方々など、茶の湯に関わるあらゆる人々の支えがあって初めて茶席は整います。とりわけ京都では、平安時代から京都御所を中心として最高の工芸や芸術が育まれてきました。そうした方々が誇りをもって集い、いわば「ワンチーム」となり互いに敬い、支え合ったからこそ、茶の湯は今日まで続いてきたのだと思います。
私は、そうした方々の努力を認識し、覚悟を持って一碗の濃茶を練らなければならないと肝に銘じています。そして次期家元にそれを担う覚悟とともに裏千家という「箱」を受け渡すのが私の役目。受け取った後は、自分で箱の中を整え、さらに豊かなものにするべく、一歩ずつ進んでいってもらいたいと願っています。これからも茶の湯だけでなく、茶の湯を支える「チーム」が一つになって、次の時代を拓いていきたいと考えています。


出典:『京都文化力プロジェクト2016-2020 機関誌 vol.4』「くらしの文化を楽しむ」

あなたは旧式のブラウザをご利用中です
このウェブサイトを快適に閲覧するにはブラウザをアップグレードしてください。