• 日本語
  • English
  • 简体中文
  • 繁体中文
  • 한국어
  1. HOME
  2. コラム
  3. 建仁寺塔頭正伝永源院住職 真神 巍堂さん
コラム
2020年7月1日

建仁寺塔頭正伝永源院住職 真神 巍堂さん

まがみ・ぎどう

1943年、京都府生まれ。幼い頃から書を学び、村上三島に師事。京都教育大学卒業。2016年、改組 新 第3回日展東京都知事賞、2017年、改組 新 第4回日展文部科学大臣賞、2019年、恩賜賞・日本芸術院賞、2020年、京都府文化賞功労賞を受賞、2019年、京都市文化功労者表彰。京都教育大学教授(書道専攻)を経て、現在、京都教育大学名誉教授、日展特別会員、日本書芸院理事長、読売書法会常任総務、京都書作家協会会長。

歴史ある神社仏閣や
書を学ぶ大学がある京都には
書の文化が根づいています。

年齢、経験を重ね 書は変わっていくもの

書との出合いは、小学生の時。臨済宗建仁寺塔頭正伝永源院の前住職である父親が「将来僧侶になるなら習わせておこう」と同じ建仁寺塔頭の禅居庵に書道を習いに行かせたのが最初でした。幼い頃から字を書くのが好きだったことに加えて、小学1年生の時の担任が書を嗜んでいたことなどいくつかの偶然が重なり、自然と書に親しむようになりました。京都市内の小学生が書を競い合う「競書会」に出場する選手に選ばれ、放課後毎日のように特訓させられたことを今でも覚えています。その後、京都教育大学の書道に進学し、日展にも出展するようになりました。
日本の文字の起源は中国。芸術としての書は、中国・東晋時代の書家・王羲之が確立したとされています。書の道を究める上で未熟な若いうちに大切なのは、まず古典に忠実に書き、基礎となる技術を磨くこと。私も王羲之や宋代の書の名手といわれた米芾などの書と寸分違わず臨書できるよう鍛錬を重ねました。大学時代、その技術もなしに基本を無視した作品を学生同士の展覧会に出展し、先輩にこっぴどく叱られたこともありましたね。
王羲之や米芾の書は、誰かに見せることを意図したものではなく、心の赴くままに書いた「卒意の書」です。それに対して、中国でも明代の終わりから清朝の初め頃にかけて、人に見せることを目的として華麗な技巧を凝らした書が登場します。年齢や経験を重ねた今は、それもまた「ええな」と思います。
日本の書家があこがれる展覧会に2020年も出品させていただきました。この展覧会では、出品者はことのほか緊張感をもって制作にあたりますが、今回私は一点だけ草書を中心にした遊び心の強い作品を出品しました。どれほど技術を高めても、またいくつになっても、書は変化していくものだと実感しています。

書の文化を育む 豊かな環境が整った京都

京都には、京都教育大学を中心に、書を学ぶ豊かな環境が整っています。また多くの書家が拠点を構えているのも、神社仏閣を中心に古くから書の文化が根づいてきた京都ならではでしょう。そうした社寺に残る書画、あるいは床の間に飾られた軸、また書画展など、日常の中でもすばらしい書に触れる機会はたくさんあります。
書の文化を次の世代に残していくためには、書を嗜む人だけでなく、しっかり技術を身につけた人材を育てなければなりません。私が大学で教鞭をとるのも、そうした思いがあってのことです。何より「正しい字を書く」ということは、教育の根本です。その意味でも今こそ小学校から書道教育を見直すべきだとも考えています。日本の未来に書の文化を残していくために、これからも尽力したいですね。

轆轤(2016年 改組 新 第3回日展 東京都知事賞)

出典:『京都文化力プロジェクト2016-2020 機関誌 vol.4』「くらしの文化を楽しむ」

あなたは旧式のブラウザをご利用中です
このウェブサイトを快適に閲覧するにはブラウザをアップグレードしてください。