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コラム
2020年8月3日

市田ひろみさん

いちだ・ひろみ

短大を卒業後、企業で役員秘書を経験した後、女優としてデビュー。その後、母親の経営する美容室で美容師をしながら、日本で初めて「きもの教室」を開催。全国に着つけ教室を広げた。現在は服飾評論家、エッセイスト、大学講師、日本和装師会会長として活躍。きものを日本、世界に広めている。2001年、厚生労働大臣より着つけ技術において「卓越した技能者表彰」を受賞。2005年、経済産業大臣より「伝統的工芸品産業功労者表彰」を受賞。2008年7月、G8洞爺湖サミット配偶者プログラムでは、詩書と源氏物語を語るとともに、十二単の着つけを披露した。2008年、京都府文化賞功労賞を受賞。

京都の暮らしに
根づくきもの

きものの町・京都できものを着る人を育てる

京都で美容室を営み、「髪結いさん」、今でいうスタイリストの仕事もしていた母を手伝うようになったのは、1961(昭和36)、62(昭和37)年頃のことでした。ある時、室町の呉服問屋の社長に、デパートできものの着つけを実演する「きもの教室」の開催を頼まれたのが、着つけ教室を始めるきっかけです。「京都は、きものの町や。きものを着られる人を育てていかなあかん」という言葉に共感し、「さしてください」と答えました。これが日本の「着つけ教室」の先駆けになりました。終戦からしばらく経って社会も落ち着き、「きものを着たい」と思う人が増えてきた頃。依頼がひきもきらず、私は全国を飛び回って「きもの教室」を開催してきました。
またきものを海外で披露する機会にも数多く恵まれました。ブラジル修交100年、メキシコ日本人移住100周年、EU・JAPANフェストなど海外のイベントに招聘されて訪れた都市は108にものぼります。2008(平成20)年の洞爺湖サミットでも、各国の要人を前に十二単を解説しながら着装を行いました。世界のどの国でも、きものは「美しい」という称賛を越え、尊敬の念を持って評価されています。それほどすばらしいものなんですね。

きものを通じて日本の文化を次代に伝えたい

きものは「日本の文化の集約」だと私は考えています。例えば、歌舞伎や能といった伝統芸能も、きものがなければ成り立ちません。とりわけ京都は、初詣に始まり、初釜など文化と結びついた年中行事が数多くあります。また初節句から十三参り、成人式、結婚式といった通過儀礼でもきものを着る機会が多く、くらしの中にきものを着る文化が根づいていると感じます。
平安京の時代から都があった京都だからこそ、京友禅や西陣織をはじめ最高品質のきものが生まれ、洗練されてきました。今日でも親から子へと職人の技や感性が受け継がれています。きものの需要が減り、きもの産業の衰退によって、そうした次代にきものを引き継ぐ職人が失われていくことは、日本の文化が失われていくことに他なりません。京都のある呉服店の社長から「市田さんがきもの教室を始め、きものを着る人を増やしてくれたおかげで今まできもの文化が続いてきたんや」と言われ、「この仕事についたのは『運命』だったな」とつくづく感じています。
現在は、子どもにきものと日本の文化を教える講座も開催。教えると、子どもたちも真摯に耳を傾け、きものにも関心を持つようになると実感しています。これからもきものを通して日本の文化、京都の文化を次代に伝えていきたいですね。


出典:『京都文化力プロジェクト2016-2020 機関誌 vol.4』「くらしの文化を楽しむ」

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