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コラム
2018年6月20日

【狂言と創造】茂山 逸平さん

狂言師 茂山 逸平さん

軽やかに、大胆に、時代に合ったエンターテインメントを追求する。

酒蔵に忍び込んで酒を盗み飲みしていたのを主人に見つかり、両腕を縄で棒にくくりつけられた従者が、もう一人の従者と珍妙なやりとりを繰り広げながら酒を飲ませ合う。有名な狂言の演目「棒縛り」の一シーンである。

「狂言は、軽妙な台詞回しと滑稽なしぐさが笑いを誘う台詞劇です。強い立場の者を弱者がからかうなど、誰も傷つけない笑いが魅力です」と語るのは、茂山逸平さん。

能と狂言を合わせた能楽の歴史は平安時代末期にまでさかのぼるといわれる。男女の悲哀や合戦で命を落とす武将の悲劇などシリアスな内容を「謡い」と「舞」で表現する能と、特定のだれかを傷つけず、日常をユーモラスに描く狂言。能楽とはまったく異なる芝居が共存する不思議な芸能だ。

その中で茂山千五郎家は、京都在住の狂言師一家として400年以上の歴史を持つ。「お豆腐狂言」という言葉で語り継がれるように、「どんなところでも喜んでいただける狂言を演じる」ことをモットーに、地域の地蔵盆や祝いの席に出向いては余興に狂言を披露してきた。そうしたエンターテインメントを追求する姿勢は、逸平さんら現代の狂言師にも受け継がれている。「代々伝えられてきた芸はしっかり身につけつつ、舞台では中途半端なことはせず、『振り切る』ことを大切にしています」と茂山さん。「お客様を楽しませること」を第一に、現代の言葉や話題も積極的に台詞や演出に取り入れ、観客を沸かせる。一方で「台詞の応酬で笑わせる伝統的な狂言のおもしろさも伝えたい」と先達を敬う気持ちも忘れない。

「京都にいると、人と人とのつながりの深さ、長さを感じます。祖父の芸を見てきたお茶屋の女将さんから『まだまだ』とダメ出しされることも。耳は痛いですが、そうした『小さな親切』が芸の肥やしになっています」と笑う。衣装や小道具を作る職人、文化人や数寄者が通った花街などすべてが京都の伝統文化を形づくっている。その一翼を担う責任感は強い。「まずは次代を担う子どもたちのために狂言ファンを増やすことが私たちの仕事」と、全国を公演に飛び回る。「お豆腐」のように柔軟に軽やかに、次代へと狂言を受け継いでいく。

 

出典:『京都文化力プロジェクト2016-2020 機関誌 vol.2』「新たな想像力に触れる」

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